■ ポスト「台湾ニューシネマ」の鬼才ホー・ウィディンが放つ衝撃作
楊徳昌(エドワード・ヤン)監督の早世から14年、奇しくもヤン監督の代表作のひとつである『恐怖分子』(86)と同じ英語タイトル『Terrorizers(テロライザーズ)』を持つ映画『青春弑戀(原題)』が2021年のトロント国際映画祭でお披露目された。メガホンを取ったのは、本作が長編三作目となるホー・ウィディン。台湾に暮らすフィリピン系労働者の悲喜こもごもの暮らしを暖かい眼差しでコメディータッチに描いてみせた長編デビュー作『Pinoy Sunday(英題)』(09) で台湾のアカデミー賞と言われる金馬奨最優秀新人監督賞を受賞したマレーシア生まれの映像作家は、前作『幸福都市』(18)では一転して、ある男の生き様をノアール風に、時間を遡りながら3つの夜で見事に表現した。大胆なテーマの選択、スタイリスティックなアプローチでトロント国際映画祭の審査員プラットフォームアワードを受賞した同作により、国際的な評価を獲得した鬼才は本作でもその挑戦的なスタイルをいかんなく発揮している。
■ 孤独な青春時代
台北を舞台に、何の接点もなかった6人がある出来事をきっかけに奇妙な連鎖反応を起こす物語。ホー・ウィディンは幼少時代を過ごしたマレーシアで香港やハリウッドの商業映画(ジャンル映画)の洗礼を受け、青年期には留学中のニューヨークで孤独にたえながら、リンカーンセンターのビッグスクリーンで蔡明亮 (ツァイ・ミンリャン)、侯孝賢(ホウ・シャオシェン)楊徳昌(エドワード・ヤン)など台湾の巨匠たちの映画を貪るように見た。加えてフェリーニ、黒澤、キシェロフスキ、王家衛(ウォン・カーウァイ)から作家主義の表現手法を学びながら、本作の企画を立ち上げる。当初はニューヨークのチャイナタウンでの撮影を考えていたが、条件が整わず、断念することになるが、長い間引き出しの奥にしまっていた、このプロジェクトを再始動させる際、舞台を現代の台北に設定し直したことで、『恐怖分子』との類似性が浮き彫りになってくる。マレーシア人の彼が映画で生計をたてるべく拠点を台湾に移した理由のひとつがエドワード・ヤン監督の存在であり、尊敬する映画作家の英語タイトルを借用するに至った本作は、ある意味でヤン監督へのオマージュともいえるが、二つはまったく別の映画として成立していることは強調しておきたい。
■ キャリアの円熟期を迎えて
ホー・ウィディンは商業主義と作家主義のバランスを取ることに長けている。充分な説明もないままノンリネアにテンポよく進行する重層的な物語は、しばし観客への挑戦と受け取られることがあるが、余計な説明を排除することで、観客の期待を良い意味で裏切り、成熟した映画ファンであればあるほど、それぞれに解釈の自由を与えることに成功している。本作で使われている漢字の「弑」は単に「殺」すのではなく、自分より身分の高い人物を殺傷する行為を指し「弑恋」と造語にすることで、非倫理的な殺人すら侵しかねない恋の魔力を的確に表現している。同時に似たような発音を持つ「試練」と「失恋」を想起させることで物語に複数の意味合いを与えながら、言葉遊びの好きな台湾人の感性を刺激している。複数のストーリーが複数の俳優によって並行的に語られる本作は、まさに現代社会の写し鏡。日増しに複雑さを増していく世界で、日常生活から最高のインスピレーションを得た稀代の“作家”が、ヒッチコックやデビッド・フィンチャーのようなエッジを効かせた“娯楽”を追求した“職人監督”の意欲作である。
■ 新世代スター達の熱演
本作の主役に抜擢されたのはリン・ボーホン。日中合作スペクタクル映画『オーバー・エベレスト 陰謀の氷壁』(19)、ジャッキー・チェンと共演した『ナイト・オブ・シャドー魔法拳』(20)など国際的に活躍する台湾期待の俳優は本作で心に闇を抱えた青年を繊細に演じている。共演はムーン・リー。Netflixオリジナルシリーズ『次の被害者』(20)で台湾のエミー賞と言われる「金鐘奨(ゴールデン・ベル・アワード)」最優秀新人賞を受賞。本作では心に孤独を抱える女性を情感たっぷりに演じている。撮影は『幸福都市』(18)でホー・ウィディン監督とタッグを組んでいるジャン・ルイ・ヴィアラール。監督がイメージする大都会・台北の光と影を登場人物の心の機微とあわせて美しく描写している。劇中に流れる音楽はショパンの『夜想曲(ノクターン)第2番 変ホ長調 op.9-2』。その美しい響きで世界的に有名な音楽は本作の重要シーンに効果的に使用されている。オンラインゲーム、インフルエンサー、フェイクニュースなどに取り憑かれたZ世代のリアルな日常を、社会世論、家族問題を交えながらエッジの効いた演出で世間に問う本作は邦題『青春弑恋(せいしゅんしれん)』として2023年3月24日(金)より日本で待望の一般上映が始まる。